自転車の空気を入れに、近くの自転車やさんに行った。
昔、今は亡き父が、自転車やさんを営んでいた。商売上手な方でもなく、饒舌な方でもなく、もちろん店も繁盛するわけもなく……。
父は一生分のお酒を飲み、一生分の悪態をついて、52歳の若さでこの世を去った。父の人生は、幸せだったのか、折に触れて考える。
そんなことを思いながら、自転車やさんのおじさんの、空気を入れてくれている手元をぼんやり見ていると、一匹の蝶が店の中に舞い込んできた。
蝶は、人間の生と死と復活のシンボルとしてとらえられており、死者の魂が宿るとされている。
「あ。お父さん……。」
思わず声をかけた。
蝶は、数回お店の中を巡回して扉付近に止まった。
「いつも見ていてくれてるんだね。ありがとうね。」
と、心の中でお礼を言った。
父の人生が何だったのか、きっといつまでも分からないままなのだろうが、父が私を見守ってくれていることに、いつの時も感謝したいと思った。
自転車やさんのおじさんが、立ち上がると同時に、扉で羽だけを動かしていた蝶はヒラヒラと外に飛んでいった。
「はい。これで大丈夫ですよ。お金はいらないよ。」
自転車やさんのおじさんが、笑顔でそう言った。
蝶々がそんな意味を持つなんて。
見逃してたけど、これからは蝶々を見るたびに亡くなった方の思いを感じれそう。
とてもいい話です。
ご投稿ありがとうございます。🦋